自分の体で実験したい - 命がけの科学者列伝

自分の体で実験したい―命がけの科学者列伝

自分の体で実験したい―命がけの科学者列伝

科学の発展の裏側には、数えきれないほどたくさんの実験がなされてきた。
中にはモルモットやマウスなどを使った動物実験も含まれるわけだけど、場合によっては人間を使わなければ意味のない実験も存在する。例えば新薬の実験がそうだろう。
そのような実験に対しては、勇気ある科学者がまっさきに立ち上がって、自らを実験台にすることも少なくなかったと思う。
本書では、そのような勇敢とも無謀とも言える科学者たちの10の物語を紹介し、かれらの行動の背景やその結果が私たちの生活にどう影響を与えたかをユニークに教えてくれる。


そもそも彼らが自分を実験台にする理由は何なのだろう?

いちばん大きいのは好奇心である。健康な人体はどういう仕組みで動いているのか。どのようにして病気になったり怪我をしたりするのか。その答えを今すぐに知りたい。自分の専門分野については、どんな危険があるかを自分がいちばんよくわかっている。だとしたら自分でやるのがいい。すべては、人々の生活をよりよくするためである。(p.10)

そう、彼らを動かしたのは主に好奇心であり、そして正義感や使命感でもあったわけだ。
その崇高な動機とは対照的に、紹介されるエピソードの奇想天外ぶりに、ときには思わず笑ってしまったり、またときには悲劇の結末に胸が熱くなった。
人間はどの程度の熱に耐えられるかを知るために大の大人が数人で100度を超える部屋に入ってみたり、「地上最速の男」として45口径の銃弾よりも速く進んだり、洞窟に一人で数ヶ月暮らしたり、どれか一つでもやってみろと言われても正直無理なお話ばかり。
そんな彼らのおかげで今の私たちの生活があると言っても過言ではないかもしれない、と考えると、彼らには素直に感謝と尊敬の念を感じずにはいられない。


一番心動かされたのはダニエル・カリオンという医学生のエピソード。
彼は、当時(1885年)はまだ謎の感染病であった「ペルーいぼ病」について知るために、自らその病気に感染して、自分の体をどのように病気が進行していくかを観察し続けた。
病に苦しむ人々を助けるためとはいえ、死に至る病に自ら進んで感染した彼の心情はどのようなものだったのだろう。
医学にたずさわる者としての使命感や正義感はもちろんあっただろうが、それよりもペルー人としての誇りやペルーへの愛国心の方が強い動機付けになっていたようだ。
徐々に体を蝕んでいく病気と戦い、その様子を克明に記録し続けた彼は、感染から一ヶ月弱の後、26歳の短い生涯を静かに閉じた。
その後、彼の実験結果のおかげでペルーいぼ病の研究は加速し治療可能となった。カリオンは今でもペルーの英雄とみなされている。


本書で紹介された命知らずな科学者たちの物語はきっと氷山の一角だろうし、今もどこかで自分の体を実験台にして私たちのために様々な実験に取り組んでいる科学者もいるのだろう。
ぜひ本書の第2、第3のシリーズを刊行して、そんな彼らの物語を知る機会をこれからも提供して欲しい。