おとなの小論文教室。

おとなの小論文教室。

おとなの小論文教室。

久々に、心が揺さぶられた。
読後の率直な感想がこれだった。
今、まさに、仕事の忙しさとそれが産み出すプレッシャーのため、心が不安定になっているとはいえ、自分の心がふるえるのを実感したのは久方ぶりな気がする。


「小論文教室」とあるが、立派な論文を書くための理論、というものは一切出てこない。
言うなれば、自分の頭で考えた自分の想いを自分の言葉で表現する、ということのために、ちょっと背中を押してくれる。
そのちょっとの後押しで、少し心が楽になった。
仕事というのも一種の自己表現なわけで、「自分を表現する」ことに対する筆者の強いメッセージは、まさに打ってつけだったわけだ。
これで仕事そのものが変わったわけではないけど、
仕事に向かう自分は、少しだけ変わったような、気がする。


本書内で特に印象に残ったのは、
「なぜ、つかみにいかない!?」
という話。
周りから見れば明らかなチャンスであっても、自分ではなかなか気付けずに、機会を取りこぼしてしまうことは多い。

つかみにいかないのではなく、自分の置かれた状況がつかめていないために、自分の前に横たわっているチャンスも、そこで生かせる自分の可能性も、見過ごしてしまい、それゆえに「つかみにいけない」

と筆者は言う。
だからこそ、『自分をとりまく関係性を、思い出し、つかむことが必要』だと。
そしてそれは、『「空気を読む」というような漠然とした作業では、決して、ない』のであって、
例えば筆者の方法では、自分と自分に関わっている主な人物との関係性を客観的事実に基づいて洗い出す、というようなことが必要となる。
つまり、その人は自分に何をしてくれたか?を考えることであり、またなぜそれをしてくれたか?を考えることに繋げる事も出来る。
そうして自分と自分をとりまく事実関係を明らかにする事で、自分に与えられている機会、自分に求められている事が見えてくる。
そこまで来れば、自問する事も出来ると思う。
「なぜ、つかみにいかない!?」と。


そう考えると、今の自分は確かに辛い・面倒な状況ではあるけど、やはりチャンスなのかなとも思えてきた。
そういえば、上司もそんなことを言ってたような。
まだちょっと光明は見出せないが、ともかくつかみにいこう。そうしよう。